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軍艦島ツアーで上陸!廃墟の島となった端島の元住人が語る当時の生活もまた面白い!

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軍艦島
前回の記事、長崎の出島は唯一、鎖国時代の外国との窓口だった。東インド会社は本当にここまで来ていた!の続きです。
今回の長崎の旅行の一番の目的、それが軍艦島に行くこと!
軍艦島とは、正式には端島(はしま)という長崎の沖にある小さな島。良質な石炭を採掘することができたこの島は、日本初の鉄筋コンクリート製の団地ができたりと、一時的には東京よりも人口密度が多い場所になった島。後に炭鉱が閉山となり無人島となった今は、昨今の廃墟ブームに乗って再び脚光を浴びることに。
そんな日本の戦後の経済を支えて今に至る軍艦島への上陸のレポート。

大浦海岸通り駅
おはようございます。2014年元旦、軍艦島へのツアーに参加するために長崎駅から20分ほど。大浦海岸通り駅にやって来ました。今回利用させてもらったのは軍艦島のツアーを行っている”軍艦島コンシェルジュ”さん。

軍艦島コンシェルジュの集合場所は大浦海岸通り駅!

長崎駅から2駅目に大波止という紛らわしい駅がありますが、軍艦島コンシェルジュへ行くには大浦海岸通り駅で下車しなければ行けません!長崎駅からは、築町駅で石橋駅行きの路面電車に乗り換える必要があります。まぁ最悪間違えても歩いていけるでしょう。早めに到着することをお奨めします。

軍艦島コンシェルジュ 常盤ターミナル 軍艦島コンシェルジュ 常盤ターミナル
大浦海岸通り駅から海側へ向かうこと1分、道を横断すればもう入口。軍艦島コンシェルジュの集合場所である常盤ターミナルがあります。

軍艦島コンシェルジュ
誓約書などを記入したら、パンフレッドと名札、記念のシールをもらえます♪
ちなみに軍艦島にはトイレがないので、ここでトイレは済ませておきましょう。

軍艦島コンシェルジュ マーキュリー号
今回は軍艦島へマーキュリー号で向かいます!船の席は早い者勝ちの自由席です。

軍艦島コンシェルジュ
船内では、今回のスタッフの挨拶と安全装備の確認、そして実際に軍艦島で生活をしていた木場田友次さんの軽妙なお話で軍艦島の概要を勉強できます。画面には若かりし頃の木場田さん。

軍艦島コンシェルジュ
それにしてもこの日はホントに海が荒れていて、船が大きく揺さぶられました。
自分も船酔い気味 (|| ×o×)オ、オェ・・

いよいよ軍艦島へ上陸!

軍艦島コンシェルジュ
出港から30分程で軍艦島に到着!
何社かある軍艦島ツアー会社の船は、1つしか無いこの船着場を共同利用しているとのこと。

軍艦島
船着場が1つしかないので混雑するのと、その船着場は狭く、さらに防波堤も無いため、波の高い日は乗下船するのも一苦労。なので軍艦島上陸の際は船着場の写真撮影は禁止です。上陸後はそそくさと広場へ向かいます。

軍艦島
船着場も無くなり廃墟だった軍艦島を、このような船着場を作り安全に観光できるようにした苦労は大変だったろうなぁ。

軍艦島
そして第一見学広場へ到着。

軍艦島 30号棟
これが日本で最初に建てられた鉄筋コンクリート製のアパート、30号棟。1916年(大正5年)に建設されたとのことです。

追記 2014年9月22日 軍艦島のアパートが”大破”診断

長崎の軍艦島、アパートなど4棟「大破」と診断
2014年9月22日読売新聞電子版
早めに、今のうちにこの姿を見ておくのをオススメします…

追記 2015年5月4日 軍艦島を含む「明治日本の産業革命遺産」の世界遺産登録を勧告

いよいよイコモスから世界遺産の登録を勧告されました。これでほぼ世界遺産になる事は決定だと思います。しかし上記のように大破診断をされている状況です。安全に観光ができ、かつこれらの遺産の保護の予算をどう捻出するのか、課題は山積しています。

軍艦島 30号棟
コンクリートが剥がれて鉄筋が丸見え。

端島小中学校
この大きな建物は端島小中学校。1階から4階が中学校、5階から7階が小学校。

体育館
朽ちた鉄骨が乗っている建物が体育館。現在の三菱マテリアルが、なんと閉山の4年前に建てた体育館。
エネルギーが石炭から石油に変わり、さらに石炭も相当に地中深くまで行かないと採掘できなくなっていたこの炭鉱、そんな閉山やむ無しという状況でも三菱は鉱員のために体育館を作ってくれたと木場田さんは語ります。
そして4年後の閉山式は、ここで執り行われたそうです。

端島小中学校 体育館
軍艦島コンシェルジュでは木場田さんの説明時に、このような資料も見せてくれます。写真内の手前に飛び出した建物が体育館。

65号棟
学校の横にある大きな建物が65号棟。この角度からはわかりづらいですが、この島最大の建物。鉱員住宅で、屋上にある小さな建物は幼稚園だったそうです。

炭鉱ベルトコンベアー
ベルトコンベアの跡。石炭はこのベルトコンベアーに乗せられて貯炭場へ運ばれ、石炭運搬船に詰め込まれたとのこと。そのベルトコンベアの支柱だけが残っているのですね。

軍艦島 給水塔
給水塔のバルブも見えます。島の飲水は、当初は製塩時の蒸留水。人が増えてきてからは船で水を運び、最終的には海底に水道管を通していたそうです。水道管か島まで敷設される前は給水制限があったそうです。

軍艦島 総合事務所
第二見学広場では、まずはこのレンガ造りの建物。総合事務所という建物で、この建物内には大きな共同浴場があったそうです。炭鉱から上がってきた鉱員はみんな真っ黒。なのでお風呂もすぐに真っ黒になったとのこと。そのお風呂の水は海水を沸かした海水風呂だったそうで、上がり湯だけが真水なんだとか。

第二竪坑 竪坑口桟橋跡
その横には、竪坑へ向かう”第二竪坑の桟橋跡が。

第二竪坑 命の階段
桟橋に架かるこの階段、命の階段と呼ばれていたそうです。危険な炭鉱での作業を無事に仕事を終える事ができるように、そして無事に戻ってこれた時に踏むこの階段で”命の大切さ”を実感できたそうです。

軍艦島 護岸
ところで軍艦島の護岸のあちこちには、当時の天川とよばれる、赤土と石灰を混ぜた接着剤を用いた石積みを見ることができます。

31号棟
第三見学広場からは、30号棟と同じく日本最初の鉄筋コンクリート製の建物である31号棟(左側)が見えます。この31号棟に限らず、海が見える窓は廊下や階段側の窓で、強烈な海風や高波をモロに受ける側には部屋は作れなかったのでしょう。

31号棟
中へ通じる階段が見えました。

軍艦島コンシェルジュ
そしてツアーは船へ戻って、軍艦島を海から見ます。

端島神社
端島神社、毎年4月3日のお祭りは、全島民を上げて盛大に執り行われたそうです。危険と隣合わせだった鉱員の人たちにとっては心の拠り所だったのでしょうね。

体育館
先ほどの体育館。屋根が完全に落ちてしまってますね。

端島病院 隔離病棟
軍艦島最大の建物である65号棟(左)のとなりにある端島病院と隔離病棟。昭和33年に建てられたそうです。

66号棟 67号棟 独身寮
左から66号棟と67号棟、こちらは独身寮だったそうです。67号棟の中央の縦に5本見えるのが、共同トイレの通気管で、相当臭かったとのこと^^; ちなみに糞尿は海に垂れ流しだったらしいです。

59号棟 60号棟 61号棟
右から、大きい建物な16号棟、59号棟と60号棟。16号棟は日本で2番目(30号棟の次)の鉄筋コンクリート製の建物なんだとか。
また59号棟と60号棟と、写真にはない61号棟とは地下でつながっていて、共同浴場や生協があったそうです。ここも強烈な風や高波が当たらないように、建物が海に対して横を向いていますね。海側の壁は窓もない。

51号棟
ところがすぐ横にある、写真中央の51号棟は海に対して真正面。さらに窓側に部屋がある軍艦島では非常に珍しい建物。オーシャンビューと言えば良い言い方でしょうけどコリャ大変だ(^_^;)
しかし、やはり強烈な風で波をかぶることがあるらしく、半地下構造の防潮設備があるそうです。

48号棟
48号棟。この建物の地下にはパチンコホールがあったそうです。この窓がある側は、階段や通路側。居間がある向こう側には、昼間でも陽が当たらないっぽいです…

公務員住宅 役場 公民館
手前の白い建物が公民館、そして白いやや高めの建物が役場と公務員住宅。公民館には図書館や児童館的な機能もあったそうです。
それにしても、こちら北西側の全体的な朽ちっぶりはすごい

31号棟
第三見学広場から見えた31号棟。建物左下の大きめの穴は山の向こう(桟橋側)から採掘で出てきた残土をベルトコンベアでここまで送り、海へ投棄していた名残。

31号棟
建物の中をベルトコンベアが通っていたというのは、この島の狭さと島の生活の中心は炭鉱だということが伝わりますね。

軍艦島
軍艦島を南西側から見ると、一番軍艦っぽいかな?

軍艦島
そして船は常盤ターミナルへ戻ります。

軍艦島
さようなら軍艦島。
ちなみに端島炭鉱の閉山時、だいたいは労使交渉でいざこざが発生しがちなのが、ここ端島炭鉱はそうではなかったそうです。なんと組合側から閉山を申し出て、三菱は就職の斡旋に尽力してくれたと木場田さん。労使共にとてもよい時期に閉山を決断できたとおっしゃっていました。

神ノ島教会 神ノ島教会
帰り道にも色々なお話を聞くことができます。神ノ島教会の教会と女神像。

ながさき女神大橋道路
斜張橋が美しい、ながさき女神大橋道路。

大型クレーン
この三菱の長崎造船所の大型クレーン。三菱のロゴマークの白い部分は、テニスコートぐらいの大きさがあるのだそうです。どんだけでデカイクレーンなんだよ…

150トンクレーン
そしてこのクレーンは、1909年(明治42年)に作らて、現在でも稼働しているハンマーヘッド型クレーン。すげー。

常盤ターミナル
そして出港から2時間半ほど。常盤ターミナルに到着。あっという間に終了してしまいました。楽しかったなぁ♪

ツアーでの、もっと沢山の興味深いお話を聞くことが出来る木場田さんのお話は、決して資料としては残らない、狭い島で人口密度が日本一だった島内での恋愛の苦労話など、実際に住んでいた人ならでは。大変面白かった軍艦島コンシェルジュの上陸ツアー、是非皆さんも一度足を運んでみては如何でしょうか?

【関連リンク】
軍艦島コンシェルジュ







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