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映画にもなった杉原千畝の功績、岐阜県加茂郡八百津町の杉原千畝記念館へ行ってきました。

杉原千畝記念館
第二次世界大戦中、北欧の小国リトアニア・カウナス領事館で当時の外務省の命令に背き、ユダヤ人のためにリトアニアを離れる列車が出発してしまうまで通過ビザを発給しづつけ、およそ6,000人もの命を救った杉原千畝。彼の生まれ故郷である岐阜県八百津町に功績を讃えた施設”杉原千畝記念館”があります。
今回はちょっとマジメな、オトナの社会見学の様子とチラッとご紹介。

杉原千畝記念館へのアクセス


杉原千畝記念館
〒505-0301 岐阜県加茂郡八百津町八百津1071
電話番号 0574-43-2460
休館日 毎週月曜日、年末年始(祝日または振替え休日の場合は翌日)

無料駐車場があります。た。一応公共交通機関(バス)はありますが、あまり頻繁ではないので車での来場が良いでしょう。大して駐車場は広くはなく、私が行った時は7割ほど利用中でした。ドラマや2016年公開予定の映画、マスコミで話題になると混雑するかもしれませんね。

杉原千畝記念館 杉原千畝記念館
ということで杉原千畝記念館へやってきました。この日は友人の別荘に一泊させてもらった帰り道に、杉原千畝記念館へ寄らせてもらいました。

「命のビザ」を発給した杉原千畝の生涯、その時代背景などを展示

記念館内は撮影禁止です。なので写真は一切ありません。なのでザックリとですが館内では、

  • 杉原千畝が通過ビザを発給した原因を作った”ホロコースト”とは何か。
  • どうして杉原千畝は通過ビザを発給する決断を下したのか。
  • 通過ビザを受け取った避難民と、受け取ることができなかった避難民のその後。
  • 杉原千畝が発給した「命のビザ」のレプリカ
  • 杉浦千畝のその後、そして名誉回復。
  • ビザによって助かった人々からのメッセージ。

など、杉原千畝の人物、時代背景、功績を体系的に知ることができます。

杉原千畝の功績をもっと知ってほしいし、それ以上思うこと。

杉原千畝記念館 人道の丘
個人的に印象的だったのが、

  • 「命のビザ」発給の経緯、そして実際に発給された「命のビザ」のレプリカ。
  • 戦後、外務省を退官、不遇な生活を送った杉原千畝。そんな彼の不遇な時代から、イスラエルの「諸国民の中の正義の人」として「ヤド・バシェム賞」を受賞、そして名誉回復するまでの経緯。
  • 旧外務省時代の関係者の杉原千畝に対する冷遇は、杉原千畝の死後に名誉回復という、もっと早く千畝が生きている時にどうしてできなかったのか。

といったところでした。日独伊三国軍事同盟の締結前という時勢、本国外務省の意に反した”独断”だったとしても、戦後それも2000年10月10日の名誉回復まで千畝に対する”非礼”すら認めない「官僚的」な対応には憤りを感じるものでした。

まぁ他にも色々と思うことがたくさんあるのですが、とにかく実際に行って見てもらいたいので、私ごときの感想はこの辺にしておきます。

杉原千畝記念館 パンフレット
ということで、入館時にこんなパンフレットをもらえます。

杉原千畝記念館 人道の丘
人道の丘にあるモニュメントは杉原千畝記念館のすぐ隣にあります。パイプオルガンをイメージしているそうです。

杉原千畝記念館 杉原千畝像

 「勇気ある人道的行為を行った外交官」として知られる故杉原氏は、申し上げるまでもなく、在カウナス領事館に副領事として勤務されている間、ナチスによる迫害を逃れてきたユダヤ系避難民に対して日本通過のための査証を発給することで、多くのユダヤ系避難民の命を救い、現在に至るまで、国境、民族を越えて広く尊敬を集めておられます。

日本外交に携わる責任者として、外交政策の決定においては、いかなる場合も、人道的な考慮は最も基本的な、また最も重要なことであると常々私は感じております。故杉原氏は今から六十年前に、ナチスによるユダヤ人迫害という極限的な局面において人道的かつ勇気のある判断をされることで、人道的考慮の大切さを示されました。私は、このような素晴らしい先輩を持つことができたことを誇りに思う次第です。

引用元 「杉原千畝氏 顕彰プレート除幕式」における河野大臣挨拶

2015年は戦後70年の年。
現在、国会では集団的自衛権の議論が盛んです。賛成・反対それぞれ意見が分かれている状況ですが、賛成・反対の両者に共通しているのは、互いに戦争はしたくないという事なはず、みんな「平和」を望んでいるのは間違いありません。
それなのに一部の政治家は、対をなす意見を”悪”的にみなして糾弾し、そんな過激な発言や一部だけをかい摘み、揚げ足取り的に報道し社会を煽りたてるマスコミやネットのメディア、その煽りに乗ってしまうメディアリテラシーのない日本人、そして無関心な日本人

起こってしまったホロコーストという類まれな人種差別、そして第二次世界大戦。そんな時代背景での杉原千畝の功績はもっと世の中に広めるべきだと思います。しかし杉原千畝の素晴らしい功績を必要としない「平和」な世の中の構築の最短ルートはどこにあるのか、何とか見つけ出せないものか、平和について考える杉原千畝記念館の訪問だったのでした。

【参考リンク】杉原千畝記念館

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